アタッチメントではなく「甘え」を話題にすることで見えるもの

前回、前々回からとりあげている「小林のあまのじゃく理論」では、「甘え」について問題にしていますが、こういう文脈では普通「アタッチメント」という言葉を使うのでは?という疑問を持つ方もいらっしゃるかもしれないです。

小林が「甘え」という言葉で意識しているのは、土居健郎「甘えの構造」で論じられた「甘え」です。この本は有名なので概要については他で検索していただきたいのですが、広く日本人論として読まれています。ですが、もともと土居健郎は精神科医で、人間が深層に持っている養育者に対する強い思いをこの言葉で表現しているということで小林は「甘え」を採用しているわけです。アタッチメントという言葉は客観的に観察できる養育者への接近傾向を表した言葉なので区別して使っているんですね。

このあたりを噛み砕いて、全体像を知ることができる本がこちらでした。『「甘え」とアタッチメント 理論と臨床』(小林隆児・遠藤利彦、遠見書房2012年)

甘えとアタッチメント─理論と臨床実践

甘えとアタッチメント─理論と臨床実践

  • 作者: 小倉清,川畑友二,生地新,数井みゆき,林もも子,西澤哲,吉田敬子,小林隆児,遠藤利彦
  • 出版社/メーカー: 遠見書房
  • 発売日: 2012/11/09
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 座談と論考を集める形で編集されているので、平易な言葉で読み進めながら多角的に理解することができます。

アタッチメントは行動特徴なので相手との関係性は見ないが、甘えは相手が受けいれるかどうかで満たされ具合が変わってくるということ。必然的に「誰もが大なり小なりアンビヴァレンスを抱く」ことで、その人固有の人格や対人関係の持ち方を身につけると考えられること(p。21-22)。ふたつの言葉のニュアンスの違いがわかりますよね。

また、産後うつ病と子どものこころに関して以下のような記述がとても興味深く感じました。遠藤利彦と吉田敬子の座談から私なりに要約すると(pp.183-4)、

産後うつ病のお母さんの関わりは子どもに対して侵入的。子どもにさわったり、こどもの顔を自分の方に向けたりと関心を向ける。一方で、自分自身のことで精一杯になると、ボッーとしてしまい子どものことどころではなくなり、子どもの側からするとまったく取りつく島がなくなってしまう。とても熱心で周りからはとても良いお母さんと思われているが、子どもの気持ちに添った行動がほとんど取れていない。虐待ではなく、広く不適切な養育という視点から見るとそのような事例はとても多い。

「産後うつ」の母親の態度は「広い意味での不適切な養育」となってしまう。不適切な養育としてすぐ思い浮かぶのは「虐待」だけれど、「周りからは熱心と見える」お母さんの態度の中に、子どもを混乱させる要素があるといっているわけです。

前回の記事で私の感想として、若い母親がそうそう上手に子どもに応えられているはずがないというようなことを書きましたが、やはりそうですよね。虐待のような極端な事例の周囲にうまくいっていない親子関係というのは相当数存在するし、見た目熱心そうに見える親子の中にもある。

アタッチメント論では育児機能のことを「ボンディング」といい、それがうまくいかないことを「ボンディング障害」といったりするようですが、その結果として、甘え理論の方でいうところの「甘えのアンビヴァレンス」が生じると、だいたいそのように捉えられると考えられます。

だからといってここで、母親の責任を論じているわけではありません。

産後うつの母親には過去のトラウマや何らかの危機に対して怯えていて、その怯えが侵入的な振る舞いに繋がっているとも分析されています。

大事なのは現実から逃げないことだろうと思います。数年前まで展開されていた「発達障害は脳の機能障害だから親の育て方は無関係」というような言説には、どうしても、現実から逃げてしまっている感じがぬぐえないです。私を含め、そこへすがりついて楽になりたいという思いが「発達障害」をブームに巻き込んでいったように思えてならないです。

もちろん、子どもの生まれ持った性質も症状の出方を左右しているとは思いますが、発達障害やさまざまな精神障害を語るうえで、生まれてすぐの時代の親子の関係性に大きなウエイトがあるという認識が欠かせないように思えてきました。

満たされない「甘え」へのひねくれた思いは、長い間その人を支配しその人の人生を形作ると考えるととてもしっくりきます。「三つ子の魂百まで」ともいいます。そうだとすればどうやって人はそこから抜け出して成長できるのかという問いにも繋がっていきます。できれば、子どもを持つまでに人格をブラッシュアップして、自分の子どもに連鎖させずに済ませたいですよね。また、社会の側からのサポートとしても、どうやって若い母子の関係性を育ませるのかを考ることにも繋がっていきます。

しんどいことから抜け出すには、まず現実と向き合うことだろうと思います。

 

※発達障害、自閉症と診断される方の中には、明らかに脳の先天的な違いがあったりする方が一部含まれているかもしれませんが、ここではそのような方以外に起こってくる発達障害的な「症状」について述べています。