「甘え」をめぐる日本語と英語の違いを考えてみると

前回は「甘え」と「アタッチメント」のニュアンスが違うという話でしたが、日本語と英語のことばとしての違いに関わってきますよね。

日本語の「甘え」にぴったり当てはまるような英単語はなくて、だからこそ、土居の『甘えの構造』が外国人を含めて日本人論として読まれている、と私は認識しています。手元の和英辞書をひいても、「甘える」の訳語はさまざまで、定まったものはありません。

では、甘えを受けいれるほうの気持ちや態度に対してはどうだろう、と、考えてみました。甘えてくる子どもを親が包容力を持って受け容れるさまを表す言葉といえば。。。

いくつか思いつきました。

1.かわいがる   2.いつくしむ   3.よしよしする  4.あまやかす

なんだか4のあまやかす だけがネガティブなニュアンスで仲間はずれな感じがするのですが、4つの中では「甘え」を語源にして対応しているのはこの言葉だけです。

新奇なものと出会い不安を覚えた乳児が親に擦り寄って助けを求めるような場面を「甘える」と捉えるならば、それを受けいれる親の様子としては、3のよしよしする が一番ぴったりくるような気もします。1はさまざまに使われすぎて意味がぴたっと定まらない感じもします。愛玩物のように自己中心的に扱う様子も「かわいがる」には含まれてしまいますよね。

2の「いつくしむ」なかなか美しい日本語です。手元の和英辞典ではこのような例文がでていました。

 子どもを慈しみ育てる bring up a child with tender loving care 

また、「母親の慈しみ」への訳語として motherly love が出ていましたが、これを逆に日本語に訳すと「母性愛」になってしまいます。「母性愛」のところを引きますと、同じく motherly love とありました。どうも、日本語の「いつくしみ」に対するぴたっと来る単語も、英語にはないようです。

「甘やかす」に対する英語は、ご存知の方もあると思いますが spoil ,pamper があります。spoilは「甘やかしてだめにする」という意味を持ちますが、pamper の方は紙おむつの名前に使われていることから考えると、「かわいがる」に近いのかもしれません。辞書には「わがままにさせる」とありました。

「かわいがる」についても、ぴたっと当てはまる訳語はないようでした。最初に出ている訳語が love でした。最近、日本語で書かれた育児関連の文章に「愛されない子ども」とか「愛情を注ぐ」とかさかんに「愛」という言葉が使われていることを見ると、もともと英語で書かれた育児関連の文献で love という単語が使われていたのかもしれないです。こどもを「愛する」というのはあまり日本語らしい表現ではない気がします。

love というと大人の恋愛感情のことだと思ってしまうのですが、これも辞書を引く限りそうではなくて、英語の love はもっと広い意味の好意、愛着、愛情を意味する言葉のようです。日本語には大人の恋愛に対してはまた別の言葉がありますよね。「いろ」とか「恋」とか、「惚れる」とか。

なにしろ、love という単語が示しているのは「好意」「大好きな気持ち」のことであって、私が探していた「子どもの甘えたいという気持ちに応える」「包容力を持って受容する」「不安な場面で安心を与える」というニュアンスをしっかり捉えているようには思えません。

ひとことでいえば、love ではおおざっぱ過ぎる。ほんとうにこれしかないんか?という感じです。

逆のことをいうと、love という英単語について、日本語にぴたっと来る言葉がもともとなくて、愛という漢字が当てられたというのを聞いたことがあります。もともとの仏教用語の「愛」は、迷いや貪りの根源となる渇きや執着を表す言葉で、あまり良い意味でではないのですが、これが love の訳語として使われることで日本語の「愛」の意味も変化したと。私は語学の専門家でないので、きちんと調べたい方は他でウラを取ってくださいね。

仏教用語としてはもうひとつ、菩薩が衆生を哀れむ「慈悲」という言葉があって、こちらは「いつくしむ」に近い言葉ですよね。苦しむ姿を見て救わずにはいられない気持ちのことで「かわいそう」にも通じるのですが、この言葉と「かわいい」は日本語の語源としては近いところにありますよね。

泣いている赤ん坊を見て抱き上げずにはいられないような気持ち。これが母心とすると、愛よりも慈悲に近いです。

自分の都合のいいときだけかいがいしく世話を焼くが、他に気をとられているときは知らん振り、というのでは「愛情を注いでいる」とはとてもいえないのですが、本人はやっているつもりなんだろうと思います。私もそうでした。「注ぐ」とか「たっぷりかける」とか、植物に水や肥料をやるような表現を使うからずれてくるような気もします。

子どもと親の関係は、人と人の関係。子どもにとっては生涯の人間関係の基礎となる関係だということを考えると、やっぱり love という単語では言い尽くせている感じがしないのですが、どうでしょうか。

 

※参考にした辞書は 小学館プログレッシブ和英中辞典 研究社リーダーズ和英辞典

参考:土居健郎『甘えの構造』、辻本敬順『くらしの仏教語豆事典』(本願寺出版社)

「甘え」の構造 [増補普及版]