昭和10年ごろまでの日本を知っていますか

私の父と母はちょうど戦争が激しくなってきた頃の生まれで、小学校は戦後教育を初めて受けた、ぐらいの年代です。

子どもの頃、父母が語ってくれる<昔の日本>のイメージは、戦後の貧しい時代でした。配給があったり、バラックがあったり、やみ市があったりしました。私が生まれたのが、東京オリンピックや新幹線開通といった時代ですから、父母の子ども時代はちょうどそれまでのゴタゴタしていた時期に相当しています。

私が小学校に行く頃には、高度成長で日本は豊かになったといわれ、父や母には、昔はモノがなかった、こんな贅沢はとてもできなかった、とか、そういう小言ばかり聞かされていたわけです。

私は子どもなりに、日本は昔はずっと貧しくて、最近急に豊かになったのだと、そう素直に信じてきました。

でも、ある時期(実はかなり大人になってからなのですが)そのイメージが間違っていたのだということに気がつきました。

テレビドラマで、大正時代から昭和初期を扱ったものを見たのがきっかけだったと思います。立派な洋館や日本家屋が立ち並ぶ街、ガス灯で飾られた通りを綺麗な身なりの男女が行きかっていました。

そのあと、横浜港に展示されている客船を見ました。豪華なシャンデリアや室内装飾が施されていました。昭和のはじめに作られたものです。
 
そのような豊かな日本が、かつてあったのだ、ということをちゃんと意識しだしたのは、かなり年をとってからだったといえます。

そして、それがどのように失われたか、ということをしっかりとわかったのは、東北の津波に襲われた街の跡をテレビで見たことがきっかけでした。

日本の大都市、中都市は、昭和のあの戦争で、空襲に襲われたことによって、豊かな都市の財産をまるごと焼失してしまったのだ、と。
細工が施された江戸趣味の家や凝った庭も、ペルシャ絨毯が敷かれた洋館も、屏風も箪笥も、もちろん人々の生活も思い出も、一晩のうちに灰に変わった、それは、ほんのこの前、東北の人々が経験した、津波によって街が一瞬にして消えてしまうあの体験にとても似たものだったに違いなかったと。

かつてそのような日本があった、ということを、身を持って知っている世代はすでに80歳台になっているでしょう。戦時下の窮屈な時代より前の、自由な雰囲気を知っている世代は、たぶん90歳を超えてしまっています。
私たちはもう、資料でしかあの時代を知ることはできないわけですが、

大正期から昭和のはじめにかけての、豊かだった日本について、もっと知りたい、知らなければならないような気がしています。いろんな意味で。