せん妄は案外身近なことだと知っておくべき

義母(90歳)が脳梗塞で入院したとき、不穏な精神状態になって病院の廊下を歩き回ったり、点滴の針を抜いたりしました。面会時間以外にも家族が交代で付き添って話し相手になり周囲に迷惑がかからないよう随分気を使いました。これを私たち家族は認知症が進行したのだと思い、退院してからの生活がとても不安でした。以前と同じディサービスを利用できるのだろうか、夜中にひとりで家から出て行ってしまったらどうしよう、家中を片付けなければ危険なことが起こるのでは、とあれこれ心配したのですが、実際退院してきたら、様子が違っていました。

すっかり落ち着いたというか、それを通り越してぼんやりしています。特に、朝起きてくると、ぼーっとしています。朝食がほとんどのどを通らない様子で、「食べ物がのどを通らない、自分ももう終わりだ。どうしよう」というような意味のことを言います。それが、昼食の頃になるともりもり食べるのです。これが3日ぐらい続いたとき、寝る前に飲んでいる薬のせいでは、と思い当たりました。

検索してみると、睡眠前に処方されていたのはSSRIの一種でした。鎮静作用が強く興奮した状態を収めるために使われているようでした。試しに半分にして飲ませてみたら、朝の顔つきがずっとよくなり、朝食も食べるようになったので、飲ませるのを止めました。寝る前にもパジャマを全部脱いでしまうとかトイレの場所がわからなくなるなどの混乱があったのですが、これもすっかりなくなりました。入院前の義母らしさがだんだん戻ってきてほっとしました。

不穏な興奮も、混乱したおかしな行動も、認知症ではなくて、せん妄といわれる状態によるものだったようです。

認知症とせん妄の違いについて、この本に詳しく出ていました。

『認知症にさせられる!』(浜六郎、幻冬舎2010年) 

認知症にさせられる! (幻冬舎新書)

認知症にさせられる! (幻冬舎新書)

 

 

認知症は記憶力を中心として認知能力が徐々に障害されていくものであるのに対して、せん妄は注意力を中心とした短期的な認知障害と考えられるようです。とはいえ、専門家である医師でも見分けがつきにくく、せん妄の原因が薬剤であるのにそれを減じることをせず、新たな薬が追加されてしまうというようなことが多々あるのが問題だ、とこの本は論じています。

高齢者が病気や薬剤によってせん妄を起こすのはよくあることで、この本に引いてある米国のデータでは入院中の高齢者の10%~40%がせん妄と診断されるとされています。

うちの義母は脳の病気そのものにもせん妄のリスクがあり、薬剤だけが原因で錯乱していたわけではなかったのだろうと思います。また、脳に起こっている病気を治すためには薬剤を使うことが不可欠で、多少の副作用は致し方なく、それを補うために別の薬剤が使われていたということなのかもしれません。だとすれば、もっとその辺りの説明をしていただきたかったと思うのですが、実際は難しかったのだろうと想像しているところです。せん妄は短期的に起こってくるので、案外、専門家より家族の方がはっきりわかるのかもしれません。

とにかく、タイムリーにこの本を読んだことで思い切って薬を減らしてみるという選択をすることができ、良かったと思っています。

この本にはせん妄を起こしやすい薬剤の名前がたくさん出てくるのですが、睡眠薬や抗うつ剤など脳に直接効く薬はともかく、感染症の薬や胃薬など誰でもお世話になる薬のことも出ています。一時期騒ぎになったインフルエンザの薬の件もせん妄の一種と考えられるようです。インフルエンザそのものが原因なのか薬が原因なのかの切り分けは簡単ではないと思いますのでここでは触れませんが、大事なのはせん妄が起こるかもしれないということを知っておくことだと思います。

誰にでも起こりうることだし、高齢者だと非常に高い率で起こってくるということを知っていれば、家族がせん妄を起こしても動転しないですむだろうと思うのです。脳の機能の一時的な不具合によるもので元に戻るということを理解しておけば適切な対処ができるだろうと思います。