発達性トラウマで説明できるストレス性の病

以前紹介したポリヴェーガル理論に関して、『レジリエンスを育む』(キャシー・L・ケイン/ステファン・J・テレール、花丘ちぐさ・浅井咲子(訳)、岩崎学術出版社2019年)を読みました。

レジリエンスを育む―ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒
 

 この本は副題が『ポリヴェーガル理論による発達性トラウマの治癒』となっています。この発達性トラウマという言葉こそが、この本のキーワードのように思いました。

原語では、Developmental Trauma となっているようです。

人生のごく初期に起きた心の傷ですが、おおむね3歳以前、生後すぐといった時期の話ですから、何か脅威があったのに守ってもらえなかった体験のことを指すようです。

この本では、発達性トラウマという言葉を使って、私たちが愛着障害と呼んできたアタッチメントの問題をポリヴェーガル理論で説明していきます。ポリヴェーガル理論というのは自律神経の3つの系統が外界からの刺激にどう反応しているかということを説明する理論なのですが、この本では、自律神経系が胎児期から乳幼児期、児童期にかけてどのように発達していくかというところまで踏み込んで解説しています。

訳者のあとがきにあったのですが、原書は全米でアマゾン1位の座に長い間あったのだそうです。「不定愁訴」「気のせい」といわれてきた身体の病、「反抗的」「反社会的」とみなされてきた青少年の行動、「うつ」「ひきこもり」などの気分の問題などを、愛着の形成不全と神経系のゆがんだ発達という共通の原因で説明できてしまう。この中には、これまで「発達障害」として説明されてきた特徴も含まれるし、パーソナリティ障害や精神病と呼ばれた内容も含まれます。バラバラに論じられてきたことが、全部説明できてしまうからすごいといえばすごいです。

そもそも愛着の問題というのは養育者と子どもの関係性の問題だし、「こころ」の問題だと考えられていました。「精神」というのが「身体」とは別ものとして発達していくのだと考えられていたわけです。しかしこの理論はそのような心身の境界の枠組みをあっさりと越えて、人と人の関係性の問題を身体の中にある自律神経の発達と機能の問題として説明していくところが、ものすごく、新しい、と思います。

ひとたび発達性トラウマというものが成長後の現在の神経系の働きに影響していることを理解してしまえば、それに沿って、神経系を整える方法を探っていけばいいということになります。この本では、問題を抱えたクライアントが自己調整の力をつけていくために臨床家が介入していく方法についてのヒントがいくつか紹介されています。私のような当事者サイドの立場からはこれらのヒントは少し頼りなく感じるのですが、もう一度発達しなおすことができる、少しずつ自信をつけていくことで絶望から抜け出すことができるという希望を持つことはできます。