消費のまちと産み出す力(2)

消費のまちには、子どもと専業主婦と高齢者しかいない、そこには生産という営みがない、という話でしたが、これには多少注釈が必要だと思います。

専業主婦も高齢者も、もともとはただの消費者ではなかったと考えられるからです。
表の経済活動に現れてこないけれど、さまざまなものを作り出していました。

子供服やオムツは家で縫っていたり、木材を割って風呂の薪を作っていたり、家を補修したり庭を繕ったり、梅干などの保存食を大量に作ったり、今よりもずっと生産的だったと思います。

以前書きました、「創造の泉から汲んでくる」仕事が、家の中にあったということです。(

電化製品やさまざまのサービスのおかげで、私たちは家庭でなにも作らなくてよくなりました。かろうじて作っていたのが、日々のおかずだったのですが、これも最近急速に様変わりしてきました。

スーパーのお惣菜売り場がどんどん広がって、魚や肉のコーナーがだんだん小さくなってきています。お弁当の宅配業者が珍しくない状況になってきました。

かくして、子どもたちの育つ環境から、周囲の大人が何かを作っている現場はなくなりつつあります。子どもは、世の中とは消費だけで成り立っているのだと勘違いしたまま大きくなってしまうかもしれません。

その傾向はすでに、私たちの世代から始まっていたように思います。