日本のうつ病ブームをグローバリゼーションの流れで捉える

2000年ごろから10年ほどの間に、うつ病はあっという間に身近な病気になりました。それ以前のことを知らない、忘れたという人も多いかもしれませんね。

キャンペーン以前のうつ病は、ごく一部の人がかかる怖い病気、ということになっていました。精神病になるのはよほどのことであり、また、治って社会復帰というのも難しいと考えられていたと思います。

キャンペーン当時のことを書いた本を2冊読みました。今回は二冊目です。

クレイジー・ライク・アメリカ: 心の病はいかに輸出されたか『クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか』(イーサン・ウォッターズ 安部宏美/訳、紀伊国屋書店2013)アメリカ人のジャーナリストの手によるものですが、日本でのうつ病キャンペーンについて詳しくていねいに取材してあると感じました。

日本のうつ病について書いてあるのは第4章で、他の章には香港の拒食症、スリランカPTSD、アフリカ・ザンジバル統合失調症について順に取り上げてあります。読んでわかるのは、精神病というのは、文化が違えば出方が異なるということです。「文化の中で期待されるものと、個人の体験のなかで交互作用が起こる」(p.231)と説明されています。
アメリカ発の診断基準DSMに当てはめることで、その国にほんらいあった精神病が変質したり、なかったものが流行したりといった現象が世界中のいろいろな国で起こっているようです。

日本のうつ病に関しては、ただDSMが入ってきたというだけではないことが、この本では明らかにされます。アメリカの製薬会社が、意図的に、日本のうつ病概念を操作し、薬が売れる市場を作り出そうとしたことが書かれています。周到に、日本の文化状況を研究し、比較文化精神医学の知見を利用して、抗うつ薬を売り出した経緯が書かれているんですよね。

もともと、アメリカ人の感じるdepressionと、日本人の感じる うつ はイコールではなく、うつになりやすいとされる生真面目で周囲に配慮する性格特性が社会的に評価されるのは日本特有のことで、その部分をアメリカ人かしっかり研究して、日本人向けの「うつ病」という病気をこしらえた。記憶に新しい「心の風邪」キャンペーンです。

こう書くとまるで陰謀論のようにも見えますが、アメリカの製薬業界は本気で社会的に善いことをしていると思っていたらしいことが書かれています。「自分たちの作り出す薬が世界中に科学的進歩をもたらしている」(p.271)と信じていたのだそうです。

でも、この話には、後味の悪いオチがついています。

薬が効くという生化学的な根拠とされたモノアミン仮説(セロトニン濃度のバランスの崩れからうつ病が起こるという説)が否定されたこと。治験や臨床試験に製薬会社が加担し結果をコントロールしていたこと、薬を飲むことによって引き起こされる自殺があること、そして日本ではうつ病がブームになった末に、

 改善も回復もしなかった患者が日本には大勢います。(p。292)

この本が描いている世界は、大きく捉えればグローバリゼーションという流れの中の問題です。私たちは瞬時に情報が行き交う中で、これまで別々に培ってきた文化の多様性を失う可能性がある時代に住んでいるんだろうと思います。

うつ病キャンペーンは続いていて、最近は身体の症状でも精神科に行くようにすすめているようですね。とにかく、あのテレビキャンペーンは製薬会社がやっているということは知っておいたほうがいいと思いますので念を押しておきます。