発達障害研究のまったく新しい時代の幕開け

2013年9月まで、発達障害に関するブログをやっていました。

ブログを終えるころの結論の一つに、いろいろ本を読んだけれど、発達障害がどうやって起こるのかということに関しては、仮説の域を出ないものがいろいろ取り沙汰されているだけだということがあります。

その状態から、たぶん大きな一歩をすすめる本がこれだろうと思います。

発達障害の原因と発症メカニズム: 脳神経科学の視点から発達障害の原因と発症メカニズム 脳神経科学から予防、治療・療育の可能性』(黒田洋一郎、木村-黒田純子、河出書房新社2014)。脳の細胞の発達を研究する立場から、学問的にもきちんと論拠をあげながら、かつ専門外の読者にもわかりやすい工夫をしながら書かれた本です。この本によると、

発達障害の原因は、遺伝の影響ももちろんあるが、生まれてからの環境の影響の方が大きいということ。そして、一生治らないという説は、間違いである。つまり、治る。
環境の原因にはさまざまなものがあるが、現代の生活で暴露している化学物質の影響もあるということ。

これまで一般向けの本などで説明を受けてきたこととは、かなり違うので面食らいますが、読んでいて感じたのは、たぶんこれからはこういう説明のしかたが当たり前になっていくのではないかということです。
遺伝と環境に関してはエピジェネティクスも含めその複雑な絡み合いが明らかになっていますが、この本では、自閉症に関する遺伝子研究についてもかなり詳しくこれまでの研究成果をまとめて紹介してあります。自閉症に関わる遺伝子はたくさんありすぎて曼荼羅のような図になってしまうのだそうです(p.138図5-3)。発症の引き金となる環境要因の方が問題で、生活習慣病などと同じように考えられると書いてありました。これまで遺伝要因が過大評価されてきたのは、養育態度によるものという説を否定したいという気持ちが引っ張ってきたところも多い、この歴史的背景についても述べてありました。ここ数年の日本でも、遺伝説、先天説を否定しようとすると妙に情緒的に反応する人たちが学者さんのなかにもたくさんいたのは知っています。

発達障害だけでなく、統合失調症双極性障害パーキンソン病などが、同じような原因による「シナプス症」であると書かれていました。シナプス症というのは、脳の中に非常にミクロなレベルでの異常があり、それは異常ではあるが不全ではない、つまり、標準から外れているという意味で異常であるが、それが機能としては優秀である場合もあるということらしいです。
それは、いわゆる発達凸凹という考え方に通じるものだと思いますが、神経科学的に細かく説明されているところが、これまでとは違うところです。

「治る」とされている点については、特に新しい具体的な方法や実際例が書かれているわけではありませんでした。「治る」と考えることで、遺伝病だとか治らないとか考えていたときとは違う対処法が、これから考えられていくだろうということだろうと思います。治るとされている根拠のひとつが、高次機能障害のリハビリなどで明らかになってきている脳の可塑性で、これも数十年前にはなかった視点ですから、やはり、前世紀の定説は捨てる時期に来ているのだろうと思います。

さまざまな化学物質の影響については、何十年もあとに害がわかって裁判になったりすることが多いのは経験上よく知っているので、今安全だと思っているものにとんでもない問題があるかもしれないとは思います。やたらに怖がるのではなく、でも、できる対策から講じていく必要があるだろうと思いました。

この本を受けて、今後どのような論説が展開されていくのかが期待されます。発達障害の研究は大きな時代の転換を迎えたのではないでしょうか。