怖さを噛みしめ知恵を絞ろう

阪神淡路の震災では、あちこちで火が出て消防が間に合わず、やむを得ずご近所で助け合って消火したということを聞いています。いわゆるバケツリレーです。

神戸に住む私の友人は「火事なのに消防車が来てくれないというのがとても怖かった」と言っていました。いつも当たり前に頼り切っているものが突然欠乏したときの底知れぬ不安というのは、想像するとぞっとします。

今回の病気の流行に際して、感染することも確かに不安だけれど、本当に怖いのは病院に頼れなくなくなること、なのかなと思います。

爆発的な流行が起こって医療パニックが起これば当然のこと、コントロールがうまくいってじわじわと流行がすすんだとしても、ちょっとしたことで診てもらえる気軽さはなくなり、一定のリスクを背負う必要が出てくるでしょう。あらゆる病気や怪我に関して家庭の責任で手当てすることが増えてくるのだろうかと思います。

学校や仕事の日常が失われつつある現状は、まだ始まりにしかすぎないのかもしれないと考えると、

ほんとうにほんとうに怖いのですが、現実を受け容れる覚悟をしなければならないように思います。

怖いと感じるとき、人は闘おうとして無駄に興奮したり、固まって思考停止になってしまったりします。本当に動き出すためには、怖さを自分の中でしっかりと味わい噛みしめることが必要だと感じます。

バケツリレーで消火した神戸の人たちは偉かったと思います。バケツリレーというアイデア自体はおそらく、映画などで見た昔の消防訓練の様子などのイメージからだと思います。今も、これまでに知っていること、家にあるもので何が使えるか、知恵を絞って自分たちなりの工夫をして乗り切っていくために、まず、

深く呼吸を整える必要があるかもしれません。